光の旅路(12)2014.6月号

「霧の中で」

霧の立ち込めた山の中では

生い茂った木々が

風によって重たい霧の層が晴れたり隠れたりを繰り返しながら

表れては消えていくを繰り返し

目の前に繰り広げられる風景が、ひとコマひとコマと変わっていくように

錯覚して何かを予感させるような、

何気ない景色も心の中に迷い込んだような

特別な心象風景のように感じ見入ってしまいます。

宮澤賢治の岩手の自然を舞台にした「風の又三郎」にも霧の場面がでてきます。

―主人公の少年が高原へ遊びに行き牧場の柵を開けてしまう。

逃げた馬を追った少年は、深い霧の中で迷って昏倒し、三郎がガラスのマントを着て空を飛ぶ姿を見るという場面―

物語の場面転換に使われることが多いですね、

霧が出てくることによって観る人の意識を物語に引き込むといいますか。

続いては「霧の向こうの不思議な町」柏葉 幸子 著

この本はジブリアニメの『千と千尋の神隠し』の原案とされています。

―主人公は、夏休みに生まれて初めてたった一人で、お父さんの知り合いが住んでいるという「霧の谷のふしぎな町」に向かいました。「霧の谷」の森をぬけて、主人公の目の前に現れたのは、赤やクリーム色の家が建ち並ぶ、外国のような小さな町並みでした―

 ここでも霧は現実と非現実との境目の役割を果たしています。

舞台の暗転のような、普通に考えると辻褄が合わないことも霧が解決してくれます。

また日本の古い絵巻物の中にも必ずと言っていいほど絵に雲(カスミやキリ)が描かれています。

絵巻物は、日本の絵画形式の1つで、横長の紙(または絹)を水平方向につないで長大な画面を作り、情景や物語などを連続して表現したもので「絵巻」とも言います。

絵画とそれを説明する詞書が交互に現われるものが多くみられます。

 

話が色々と脱線しましたが、絵画としての「霧」の表現は時間が流れているように感じさせることと、対象を静かに強調しスポットをあてること。

霧の中にいるような錯覚や疑似体験をおこさせ、絵に集中させる効果が無意識に働きかけるのではないかと推考しました。

中でも東京国立博物館にある長谷川等伯の「松林図」屏風は「霧」を描いた逸品です、是非機会があれば観てみてください。

 

 

挿絵1「ヴェネチアの朝」53×41㎝ 2010年制作  紙本彩色

 

挿絵2 「蒜山三座の朝」(素描)

挿絵3 「睡蓮」(素描)